好意と贈り物

アイドルが20数か所を刺されて意識不明になっている。

犯人はアイドルのファンで、アイドルに贈った物が送り返されてきたことが、憎しみに変わったのではないかという話もある。

 

人を好きになるということをたまに実感する。

 

同棲している恋人が家で私を待っている。

仕事帰りに小腹が空いて、何か軽く買い食いしようかと思う。

 

しかし、いざ店内の食べ物が並ぶ棚の前に立つと、

「このお菓子を買って帰ると喜ぶのではないか。

 遅くまで家で待たせた詫びになるのではないか。」

などといった考えが浮かぶ。

 

そして、一緒に食べる可愛らしいお菓子を2つ買って、再び家路に戻る。

 

自分のことだけではなく、相手のことも考えたということ。

自分が欲しい物だけではなく、相手に渡したい物も考えたということ。

相手と分かち合える物を手に入れるということ。

そして、そういう気持ちは恋人相手にしか抱かないということ。

 

このようなことを考えたとき、私は恋人が好きなのだな、と実感する。

 

冒頭のファンの家からは、アイドルに贈ったものと同じ時計が押収されたそうだ。

その時計はアイドルから送り返されたものだという。

 

彼に足りなかったのはなんだろう。

自分が好意を抱いているからといって、相手が自分に好意を抱いていることにはならないことを知らなかったとは思えない。

でも、相手にとって、自分が贈り物さえ受け取ってもらえない者であるということは知らなかったのだろう。

そして、それを知った時に折り合いをつける方法も知らなかったのだろう。

想像力と耐える力。